■特徴・分布・生育環境
いわゆる「野菊」の仲間です。やや湿性のある場所に自生する多年草です。
大型で、草丈1m前後、しばしば2m近くになります。上部で花茎を分け、初秋から秋の初めまで、茎頂で花柄を分けて径3〜3.5cm前後のやや大型の淡紫色〜青紫色のキク型の花を円錐塔状(散房状)に多くつけます。
葉も他の仲間に比べて大きく、幅6〜10cm、長さ20〜30cmほどの長楕円形で葉先は鋭三角形です。葉には粗い鋸歯(葉の縁のギザギザ)があります。茎の上部の葉は小さくなります。
「シオン」はもともとは中国地方〜九州・北東アジアに自生していたとされていますが、美しいので平安時代に日本各地に植栽されたようです。ただ、平安時代には薬用の意味合いが強かったと推定され、根を煎じたものを鎮咳や去痰剤に使用していたようです。
関東地方には野菊の仲間としては、シオンの他に、後述するノコンギク、カントウヨメナ、ユウガギク、シラヤマギクやシロヨメナが分布します。他にリュウノウギクも分布しますが、花期が一カ月以上遅く11月の声を聞くころに花をつけるので容易に区別できます。
近年、シロヨメナをヤマシロギクの別名としたり、その逆としたり、シロヨメナとヤマシロギクを混同する記載が結構目立ちます。シロヨメナとヤマシロギクはともにノコンギクの亜種ですが、別種です。ヤマシロギクは東海地方以西に分布します。シロヨメナの分布は本州〜九州・台湾です。シロヨメナはしばしばヤマシロギクとの間に雑種を作るのでこのような混同がおきているのかもしれません。
多摩丘陵には、上述の種が分布しますが、シオンはごく稀に植栽されているだけです。
他に、ゴマナ、河川敷に自生するカワラノギクやホソバコンギク、海岸湿性地に自生するウラギクやハマコンギクなどが、関東地方には局地的に分布しています。
これらの中で、40〜50年以上前に河川改修が行われる以前には、多摩丘陵でも鶴見川やその支流にカワラノギクやホソバコンギクが自生していた可能性があります。ゴマナは多摩丘陵では未確認です。
■名前の由来
草姿や淡紫色から青紫色の花が大型で美しいので「紫苑」と名付けられたもののようです。あるいは「紫苑」の中国語読みが「ジワン」なので、そこから「シオン」に転訛したという説もあります。
■文化的背景・利用
平安時代の「本草和名」に既に「紫苑」の名が現れていて、古今和歌集では「しおに」、源氏物語や枕草子では「紫苑」として現れています。万葉集にも現れているようですが別の名であったようです。
江戸時代にも「栖(いらか)より 四五寸高き しをん(紫苑)かな」(小林一茶)の俳句がよく知られています。
近世に入っても「紫苑咲き 静かなる日の 過ぎやすし」 水原秋桜子(みずはらしゅうおうし)の句が知られています。
なお、野菊といえば伊藤左千夫の小説「野菊の墓」を想いだす方が多いと思います。政夫と民子の悲恋を描いたこの小説には「政夫さん……私野菊の様だってどうしてですか」「さぁどうしてということはないけど、民さんは何がなし野菊の様な風だからさ」
「それで政夫さんは野菊が好きだって……」「僕大好きさ」といった場面があります。
この野菊は、小説の舞台が現在の千葉県松戸市あたりであったことからカントウヨメナ、ユウガギク、ノコンギク、リュウノウギクあるいはシラヤマギクなどであったと思われます。
不幸なめぐり合わせの末に世を去った民子の墓のまわり一面に植えられたことを思うと、心情的にはノコンギクがふさわしいのでは、と勝手に思っています。
ただ、現在は、民雄が野菊を摘んだのが小川のそばであったことから、やや湿性の高い場所に自生するカントウヨメナあるいはユウガギクであるとする説が有力です。
万葉集では、「うはぎ」の名で2首が「ヨメナ」を詠っているとされています。そのひとつに、
「春日野に 煙立つ見ゆ 娘子(おとめ)らし 青野のうはぎ 摘みて煮らしも」
と詠われています。ただし、この2首では「春の若菜摘み」の対象であって、花を愛でたものではないようです。
ただ、カントウヨメナ、ユウガギク、ノコンギク、シラヤマギクやシロヨメナなどよく似た野菊の仲間が万葉当時に明確に区別されていたとは言えないという説もあり、広く野菊の仲間を詠ったものであるという考え方もあります。
なお、一般に「菊」と呼ばれる種類は奈良時代に中国から薬用に渡来したとされ、現代でも多くの品種が栽培されています。「野菊」の総称は、花が大きく彩りも多様な「菊」に対して、日本の山野に自生するキクの仲間を「野にある菊」としたもののようです。
また「菊」は、「古今和歌集」の「菊の露」や「紫式部日記」の「菊の着せ綿」など、キクを災除けや不老長寿にかかわる行事に用いたという記述があります。
なお、江戸時代には「菊」の品種改良が盛んになり、数多くの品種が作出されています。
■食・毒・薬
シオンは、上述の通り、古い時代から根を煎じたものを鎮咳や去痰剤として利用していたようです。食用にはしないようです。
なお、他の野菊の仲間では、ヨメナ、ユウガギク、ノコンギクやシロヨメナが食用にされます。ただ、カントウヨメナは食べても美味しくないようです。
■似たものとの区別・見分け方
このシオンは、他の野菊の仲間に比べて草丈が高く、花や葉もやや大型なので、比較的容易に区別できます。
なお、多摩丘陵に自生があるカントウヨメナ、ユウガギク、ノコンギク、シラヤマギクやシロヨメナを花色で区別することは個体変異があって無理です。
ただ、シロヨメナはこれらの仲間とは、花がひとまわり小さいことで区別できます。
なお、シロヨメナ、シラヤマギクやノコンギクはシオン属で、カントウヨメナやユウガギクはヨメナ属で別属ですが、これらの属は種子の冠毛の長さで区別するので、専門家でないと区別は困難です。ヨメナ属では冠毛は0.5mm前後ですが、シオン属では冠毛は5mm前後です。
なお、関東地方(多摩丘陵)に自生はありませんが、ヤマシロギクは葉の基部がやや茎を抱くようになることで見分けられます。
リュウノウギクは、上記の種よりも花期が遅く晩秋に花をつけるので区別しやすい種です。また、葉縁に曲線を描く凹みがあること、葉に「龍脳」に似た香りがあるのが特徴です。それが名前の由来ともなっています。
なお、龍脳は、熱帯アジアからインドネシアに自生する龍脳樹から採取する精油成分で、平安時代には既に香料として珍重されていたようです。除虫効果もあります。クスノキの精油成分「樟脳」(近年では化学製品に押されていますが、タンス等に固形化したものを虫よけに入れます)に似た香気です。
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写真は「花」、と「全体」の2枚を掲載 |
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シオンの花 |
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シオンの全体 |
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