多摩の緑爺の植物文化誌 |
9月:4.「野菊の墓」に現れる野菊は? |
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野菊といえば伊藤左千夫の小説「野菊の墓」を想いだす方が多いと思います。
15歳の政夫と二つ年上の民子の悲恋を描いたこの小説には、野菊とともに多くの野草が登場します。
しかし、二人の淡い純粋な恋は引き裂かれ、民子は余儀なく嫁いだ先で亡くなってしまいます。最後の場面に「民子の墓の周囲一面に野菊が植えられた」が現れます。
「民さんこれ野菊がと僕は吾知らず足を留めたけれど、民子は聞えないのかさっさと先へゆく。僕は一寸脇へ物を置いて、野菊の花を一握り採った。」
という場面があり、
「私なんでも野菊の生れ返りよ。野菊の花を見ると身振いの出るほど好もしいの。どうしてこんなかと、自分でも思う位」
「民さんはそんなに野菊が好き……道理でどうやら民さんは野菊のような人だ」
といった言葉が交わされ、
「それで政夫さんは野菊が好きだって……」、
「僕大好きさ」
として、「野菊」に寄せて二人の想いが描写されています。
この野菊は、小説の舞台が現在の千葉県松戸市あたりであったことからカントウヨメナ、ユウガギク、ノコンギク、リュウノウギク、シロヨメナあるいはシラヤマギクなどであったのではないかと思われます。
現在は、民夫が採った野菊が小川のそばであったことから「カントウヨメナ」とする説が有力です。
不幸ななめぐり合わせの末に世を去った民子の墓のまわり一面に野菊が植えたられたことを思うと、心情的にはノコンギクがふさわしいのでは、と勝手に思っています。
また、カントウヨメナやユウガギクは、やや湿性のある場所を好むのに対して、ノコンギクは草はらに生育します。
したがって、政夫が折り取った野菊は小川のそばだったことからカントウヨメナやユウガギクだった可能性がありますが、民子のお墓は湿性が低いことから、その野菊はノコンギクの可能性があります。
また、「花好きな民子は例の癖で、色白の顔にその(リンドウ)紫紺の花を押しつける。やがて何を思いだしてか、ひとりでにこにこ笑いだした。」
の場面もあり、
「政夫さんは何がなしに龍膽(りんどう)の様な風だからさ」
として、「リンドウ」を通して二人の心情が鮮やかに描かれています。
さらに、アケビ、エビヅルやシュンランなども登場します。
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