■特徴・分布・生育環境
浅い水中に生育する多年草です。
環境省指定の準絶滅危惧種です。
花茎や葉は水上に出ます。ただし、若い葉は水中のままであることがあります。
見た目では仲間のオモダカに似ています。
ただ、草丈や葉の大きさは通常はオモダカの2倍ほどもあります。
葉は、細い矢尻(やじり)型(矢の先のような形)です。上部の鋭三角形状の裂片(頂裂片)の方が、葉柄を挟んでいる下部の鋭三角形状の二つの裂片(側裂片)よりも少し長い。
葉には大小があります。裂片には、やや細いもの〜やや幅広のものまでいろいろです。
頂裂片は長さ20cm前後ほどになります。ただし、頂裂片が長さ10c前後の小型の葉もあります。
なお、若い葉は紡錘型(両端が鋭三角形状の狭楕円形)で、側裂片はありません。
晩夏〜初秋に高さ30〜50cm、時に80cmほどにもなる花穂を水上に出します。
花穂の中部〜上部で花茎を分けて数段にわたって3個の花を輪生させます。
花穂は、全体としては円錐搭状になりますが、花茎が離れてついているのでまばらに見えます。
花穂は、花の後期には倒れていることがあります。
花は、白い花弁が三つの径1cmほどで、雄花と雌花があります。オモダカの花の半分ほどと草姿に比して小さい。
雄花には多くのオシベがあります。雌花には、花の中心にメシベが集まった緑色の球形の部位があります
雌花は、花序の下方につき先に開花します。雄花は、花序の上方につき後で開きます。これは自家受粉を避けるためです。
オモダカとは異なり走出茎は出さず、葉柄の基部に極く小さな球芽(ムカゴ)を塊のように多くつけます。
果実は、初秋〜秋につけます。
果実は全体としては偏球形で径1cmほどになります。表面には細かい畝が多くあります。
日本各地から朝鮮半島に分布します。
多摩丘陵では、保全水湿地で保全個体を見るだけになっています。
■名前の由来
現代では、葉の形態を人の顔に見立てて、一見すると「顎(あご)が無い」ように見えるという意味の「顎無」から転訛して「アギナシ」となったというのが一般的です。
また、若い葉では形態が紡錘型で二つに分かれている側裂片が無いので「顎が無い」と呼ばれるという説も一部にはありますが、仲間のオモダカの若い葉も同様なので無理があります。
それに、両側に伸びている側裂片を顎に見立てるのも無理があります。むしろ「髭」に見立てる方が普通です。
しかし、江戸時代までの多くの文献には「オモダカ」の名前は出てきていますが「アギナシ」の名は出てきていないようです。
よく似ているオモダカとアギナシが明瞭に区別されるようになったのは江戸時代末期〜明治時代であったと推定されます。
ただ、江戸時代にはオモダカやその変種であるクワイの別名(あるいは地方名)のひとつとして「アギナシ」があったようです。
事実、江戸時代後期の「重修本草綱目啓蒙」には、次の記述(現代語に変えています)があります。
--・・・一種である「細葉のオモダカ」は池・沢に自生し、葉の幅は3〜4分(9mm〜12mm)、長さ1尺(30cm)ほどで花は小さく、
--これを「(トバエ)クワイ」と言い、別名にアギナシやオトガイ(アゴの先端部)ナシがあり、
--その若い葉は分岐せず竹の長い葉のようであるが、これらは全て「慈姑(じこ)」の品種である。
なお「慈姑」は「クワイ」の古名で、クワイはオモダカの変種。
また、トバエは「鳥羽繪」とされているので「戯画」であろうと思われます。
すなわち、この「重修本草綱目啓蒙」が編纂された江戸時代後期では「アギナシ」は「オモダカ」の品種のひとつで、別名のひとつとして認識されていたということになります。
■文化的背景・利用
上述の通り、江戸時代の頃までは「アギナシ」は「オモダカ」とは明瞭に区別されていなかったと思われます。
ただ、オモダカの別名のひとつに「オトガイナシ」(オトガイは顎の先端部)があったとされているので、アギナシは顎無の意味であったであろうと思われます。
その文献には、上述の通り「細葉のオモダカ」の別名として挙げられているので、恐らくアギナシであったと推定されます。
近年までは、アギナシの葉はオモダカの葉よりも細いとされることが結構多くありました。
なお、「オモダカ]としては、清少納言の「枕草子」に、「おもだかは、名のをかしきなり 心あがりしたらんと思ふに・・・」が現れています。
平家物語にも現れているようです。
「オモダカ」としては、平安時代の「本草和名」や「倭名類聚抄」、あるいは江戸時代の貝原益軒による「大和本草」にその名が現れています。
江戸時代までは「アギナシ」の名は、上述の重修本草綱目啓蒙に現れているだけのようです。
■食・毒・薬
近縁のサジオモダカの球茎の皮を取り除いて天日乾燥させたものが生薬「沢瀉(たくしゃ)」で、漢方では頭痛や尿の出が悪いなどの症状に用いるようです。
ただし、アギナシや仲間(同属)のオモダカについては利用しないようです。
アギナシやオモダカの球茎は苦いとされるので、オモダカの変種のクワイとは異なり食用にはならないようです。逆に下痢などを惹き起す恐れがあると思われます。
■似たものとの区別・見分け方
オモダカ科には日本に3属6種が自生しますが、4種が「オモダカ」の名を持つので紛らわしいところがあります。
〇オモダカは、多摩丘陵では最も普通に見かける種です。
この仲間(オモダカ属)を代表しています。
上部の鋭三角形状の裂片(頂裂片)よりも、葉柄を挟んでいる下部の鋭三角形状の二つの裂片(側裂片)の方が長いことで見分けます。
〇アギナシは仲間(オモダカ属)で、オモダカとよく似ています。環境省指定の準絶滅危惧種です。
アギナシでは、通常は葉の大きさがオモダカの葉の2倍ほど大きいことで見分けます。上部の鋭三角形状の裂片(頂裂片)は長さ20cm前後あります。
また、頂裂片の方が、葉柄を挟んでいる下部の鋭三角形状の二つの裂片(側裂片)よりも長いことがオモダカとの違いです。
さらに、花径は1cmほどとオモダカの花径2cmほどのの半分ほどです。
裂片の幅が狭いことでは、アギナシとは特定できません。オモダカにも裂片の幅が狭い個体があるからです。
また、「アギナシの側裂片の先端は鈍頭」で「オモダカの側裂片の先端は尖る」のですが、ルーペで見ても確信を持つのは難しい。
さらに、オモダカは走出茎をだしますが、アギナシは葉柄の基部に球芽を作るだけです。しかし、これも引っこ抜いてみないと確認できません。
〇ウリカワも仲間ですが、ウリカワの葉は普通は沈水性で先端の方が僅かに広い線形です。オモダカやアギナシの葉とは大きく異なります。
〇近縁のサジオモダカ属にはヘラオモダカとサジオモダカがあります。
ともに、葉は紡錘型(両端が鋭三角形状の狭楕円形)です。オモダカやアギナシとは葉の形態で容易に区別できます。
葉の基部が葉柄に連続していればヘラオモダカで、葉の基部と葉柄が明らかに分かれていればサジオモダカです。
なお、ウリカワでは葉が線形なので区別できます。
〇近縁のマルバオモダカ(マルバオモダカ属)の葉は偏円形で多くの場合水面に(スイレンの葉のように)浮かびます。
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写真は「花」、「花穂」、「葉」、「葉(2)」 と「果実」の5枚を掲載 |
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アギナシの花 |
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花穂:晩期には倒れることがある |
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アギナシの葉 |
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アギナシの葉(2) |
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アギナシの果実 |
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