ニョイスミレ(如意菫)         
多摩の緑爺の「多摩丘陵の植物と里山の研究室」
ニョイスミレ(如意菫) スミレ科スミレ属
別名:ツボスミレ(坪菫) 学名:Viola verecunda

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■特徴・分布・生育環境     
湿性の高い所に生育するやや小型のスミレの仲間です。日本にはスミレの仲間は変種を含めれば50種〜70種にも及ぶと言われ、見分けるのも大変です。

晩春に他のスミレの仲間の花期が終わったころに花をつけるので、時に「最後のスミレ」などと呼ばれます。
花は小さく径1cmほどで白色です。ただ、唇弁には明確に濃い紫条が入ります。

葉もやや小さく、径3cmほどの円形に近く、基部はハート型(心形)です。
地上茎のある有茎種ですが、茎は弱々しく、伏していることがほとんどなので目立ちません。

日本各地から北東アジアに分布します。
多摩丘陵では、日当たりのよいやや湿性の高い草地や林縁などにしばしば見られます。

■名前の由来
「にょい(如意)」の名は、仏具の「如意」(孫の手のような形の威儀具)に葉の形が似ているという命名です。別名の「つぼ(坪)」は庭を意味していて「庭のようにどこにでも普通に見られる」の意です。
「スミレ」の名前の由来については、スミレのページを参照ください。

■文化的背景・利用
万葉集には2首ほどに「つぼすみれ」が詠われていますが、このニョイスミレ(別名:ツボスミレ)なのかタチツボスミレなのかははっきりしてはいません。
万葉集の山部赤人の「春の野に 菫摘みにと 来(コ)し吾ぞ 野をなつかしみ 一夜宿(ネ)にける」は有名ですが、このスミレはツボスミレ(ニョイスミレ)であるとする説もあります。

また、松尾芭蕉の「野ざらし紀行」に「山路来て何やらゆかしすみれ草」の句がありますが、このスミレも何スミレかは判っていません。

なお、「スミレ」は、古今和歌集や西行法師による「山家集」などにも詠われています。また、江戸時代の芭蕉、一茶や蕪村の句にも詠われています。
古い時代の「倭名類聚鈔」や江戸時代の貝原益軒による「大和本草」など多くの本草書などにもスミレの名が現れています。

■食・毒・薬
種としてのスミレの葉をテンプラやおひたしにしたり、スミレやタチツボスミレの花を吸い物の色どりなどとして食用にできるようですが、スミレ科ではパンジーなどは有毒成分を含むので注意が必要です。
薬用にはしないようです。有毒であるという報告はありませんが、食用にもしないようです。

■似たものとの区別・見分け方
スミレの仲間(スミレ属)は、種類が多く互いに似ているので見分けるのも一苦労です。
また、スミレの仲間は古くから日本人に愛されてきたようで、葉の色変わりや斑入の品種にも名前が与えられ、さらに、葉の形態や花色の違いなどによる変種も細かく分けられて別の名前がつけられているので、見分けるのがさらに難しくなっています。

多摩丘陵では、地上茎のないスミレコスミレアカネスミレヒメスミレノジスミレマルバスミレアリアケスミレナガバノスミレサイシンヒゴスミレ、地上茎のあるタチツボスミレニオイタチツボスミレニョイ(ツボ)スミレアオイスミレの13種の自生が確認できています。ただし、スミレ、コスミレ、アカネスミレ、ヒメスミレ、ノジスミレ、マルバスミレ、アリアケスミレ、ナガバノスミレサイシン、ヒゴスミレ、アオイスミレとニオイタチツボスミレはこの20数年ほどの間(2012年現在)に個体数が大きく減っていて、限られた場所に少ない個体数しか確認できなくなっています。
2012年現在で、今も普通によく見かけるのはタチツボスミレとニョイ(ツボ)スミレだけになっています。
なお、有茎種であっても春の早い時期にはまだ茎を伸ばしていないことがほとんどなので、茎の有無だけで種類を判断するのは無理があります。

○花色がともに濃紅紫色〜濃紫色の種類にスミレと、アカネスミレがありますが、スミレでは葉が狭長楕円形で立っているのに対して、アカネスミレでは葉は三角状卵型で葉柄の先につくので区別できます。ともに花の基部はすぼまっていて全体が平開することはありません。
また、ニオイタチツボスミレも花色は濃紅紫色で、草姿もタチツボスミレに似ていますが、花弁が丸く花弁がそれぞれ重なっていること、花の中心が白く抜けたようになっていること、僅かに芳香があることで区別できます。
ヒメスミレでは、花色は濃紫色で、スミレやアカネスミレのような紅色は感じません。花時の草丈が10cmほどと小さく、また、花時の葉が長さ2〜4cmの細い楕円形と小型でほとんど立ち上がらないことでスミレやアカネスミレと容易に区別できます。ほとんどの場合、葉裏が紫色を帯びることもよい区別点です。
ノジスミレがこれらに似ていますが、花色がやや曇ったような濃紫色でスミレやアカネスミレよりもやや淡いことと、葉が立ち上がらずに地上に沿って広がっていることが多く花も平開しているように見えるので、見た印象がベタッとしていることで区別できます。

○花色が淡紫色〜淡青紫色の種類にタチツボスミレがあります。林縁などにもっとも普通に見られる種類で、早春から花をつけます。花弁の間に隙間が目立つことが特徴のひとつです。春早い時期にもう茎を伸ばしていることが多いのでよい区別点になります。また、葉は卵状楕円形ですが葉先が鈍三角形状になります。
コスミレも、花色が淡紫色で、ちょっと見た目がタチツボスミレによく似ています。葉が長三角形状なことでタチツボスミレとは容易に区別できます。ただ、タチツボスミレと似た環境に生育するので注意していないと見落とします。
なお、「コ」の名前に惑わされますが、コスミレの花はスミレの仲間では大きいほうで、タチツボスミレの花の大きさと同じくらいです。ただ、コスミレは花の色や形態に変異が多いので注意が必要です。葉の形で区別したほうが確実です。「コ」の名は、花や草姿がタチツボスミレに似ていて、草姿がタチツボスミレのようには高くはならないので「コ」とされたようです。
ナガバノスミレサイシンも花色が白に近い淡紫色〜淡青紫色ですが、花期が早く開花期には葉が開ききっていないことと花がやや大型であることで区別できます。また、葉は明らかに長三角形状です。
アオイスミレも、普通は花色が淡紫色〜淡青紫色で、ちょっと見た印象はタチツボスミレに似ていますが、花が半開状態のままで開ききらないのが特徴です。そのせいで花が小さく見えます。また、花茎を高く伸ばすことはなく葉のすぐ上で開花するのも特徴です。時に花色が濃い個体があるので注意が必要です。
アオイスミレは、早春の早い時期から開花するのも特徴です。よく似たタチツボスミレとのよい区別点は葉の形です。タチツボスミレでは葉は卵状楕円形で葉先が鈍三角形状になりますが、アオイスミレではヒメブキの別名があるように葉はフキのようにほぼ円形です。アオイスミレは湿性の高い林床を好みますが、そのような環境条件の場所が減っていることもあって多摩丘陵では個体数は少ない。
なお、アオイスミレでは柱頭(メシベ)の先が明らかにカギ状に曲っているのも特徴ですが、一般には確認することは難しいものがあります。

○花色が白色の種類に、このニョイ(ツボ)スミレがあります。やや湿性の高い場所によく見られる種類です。花の大きさがタチツボスミレなどの他の種類の半分ほどとかなり小さいことで容易に区別できます。また、唇弁に濃い紫色の明らかな紫条が入ることでも容易に区別できます。有茎種ですが、茎はほとんどの場合伏しているので目立ちません。
マルバスミレも花色がほぼ純白なことで容易に他と区別できます。ただ、唇弁に僅かに紫条が入ります。葉は名の通りほぼ円形ですが、葉がほぼ円形なのは本種だけではないので、葉だけで区別することは困難です。
アリアケスミレも花色は白色ですが、唇弁と側弁にやや淡く紫条が入ることで容易に区別できます。その淡い紫条のせいか、ちょっと見た目は淡い紫色の花に見えます。
マルバスミレもアリアケスミレも多摩丘陵では個体数が大きく減っていて、稀少種になってしまっています。
ヒゴスミレも花色は白色で、花はマルバスミレに似ています。しかし、マルバスミレの葉はほぼ円形ですが、ヒゴスミレの葉はニンジンの葉のように細かく裂れ込んでいることで容易に区別できます。
ヒゴスミレも多摩丘陵では自生地はごくごく限られた場所だけで、ごく少ない個体数を確認できているだけです。


以下、未確認〜分布域的に自生の可能性がある種、または自生がないと思われるが関連する27種について、簡単に見分け方を掲載しておきます。

・一部で確認報告があるが、まだ確認できていない種:ヒカゲスミレとその品種タカオスミレ、ヒカゲスミレに似たシコクスミレ、シハイスミレとその変種であるマキノスミレ。シハイスミレに似たヒナスミレ。
・シハイスミレと同様に葉裏が紫色を帯びる種:ゲンジスミレ、フモトスミレ、コミヤマスミレと名が似たミヤマスミレ。
・分布域的には多摩丘陵に自生の可能性がある種:エイザンスミレ
・多摩丘陵に自生はないと思われるが、花が一回り大きく目を引く種:サクラスミレ、アケボノスミレ。
・多摩丘陵には自生はないが黄色い花をつける種:キスミレ、オオバキスミレとその変種であるフギレオオバキスミレ、エゾキスミレ、ナエバキスミレ、ダイセンキスミレ、シソバキスミレとジンヨウキスミレ。高山帯に自生するキバナノコマノツメ、タカネスミレとシレトコスミレ。

○ごく限られた地域で、ヒカゲスミレとその一品種であるタカオスミレ、また、シハイスミレとその変種とされるマキノスミレの自生の報告がありますが、まだ確認できていません。

ヒカゲスミレは、比較的大型のスミレで花弁の長さが2cmほどにもなるものがあります。(葉は後述)。花色は白色ですが唇弁と側弁に明瞭な紫条が入ります。同じく花色が白色のマルバスミレでは、唇弁にのみ紫状があり、花弁に丸味があって相互に重なることが多いのに対して、ヒカゲスミレでは花弁の間にわずかに隙間があり、マルバスミレよりも花弁がやや細く見えます。なお、マルバスミレの花弁の長さは大きいものでも14mmほどとヒカゲスミレよりも少し小さいのですが、見た目には同じような大きさに見えます。
アリアケスミレも花色は白色ですが、唇弁と側弁に淡い紫条が長く入ることもあって、花色がごく淡い紫色に見えます。花もやや大型で、ヒカゲスミレと同じような大きさに見えます。
ニョイスミレが白色の花色や紫条の入り方などではヒカゲスミレに似ていますが、ニョイスミレははるかに小型で、花径も半分ほどです。

ヒカゲスミレは、低山地の沢筋など、比較的湿性の高い場所を好みます。名前は「ヒカゲ(日陰)」ですが、日照のある場所にも自生します。

タカオスミレは、ヒカゲスミレの葉の表面の色が銅色〜褐色になる品種です。しばしば群生するヒカゲスミレの群落などに、ポツン、ポツンと見かけることが多い。

なお、ヒカゲスミレの葉はやや大型で、葉先が三角形状の卵型〜長卵型で、長さ(3〜)6cmほどです。

花や葉、あるいは草姿がヒカゲスミレに似たシコクスミレでは、葉先が鋭三角形状に伸びていることで区別できます。シコクスミレの葉はヒカゲスミレの葉よりもやや小さいのですが、大きさでの判断は難しい。シコクスミレはやや標高のあるブナ帯(関東周辺では標高500mほどから)に自生します。「シコク(四国)」の名は、最初に確認されたのが四国であったことからですが、関東西部以西に分布します。

シハイスミレは、やや小型のスミレで、葉裏が紫色を帯びるので「紫背(しはい)」です。花弁は長さ1cmほどです。花色は、淡紅紫色〜濃紅紫色と変異があり、葉も狭長三角形〜狭長卵型まで変異があります。葉もやや小型で長さ2〜4cmほどです。葉は見た目には、通常細長く見えます。
シハイスミレの変種マキノスミレです。通常は、花色が紅紫色で、葉が狭長三角形状で葉の幅がやや狭いものをマキノスミレとしますが、変異が大きくシハイスミレとの中間的な形質を示すものがあるので、区別は結構難しいものがあります。なお、マキノスミレでは、葉裏が緑色で紫色を帯びないことが多い。
そのせいか、普通は中部地方以西に分布するとされるシハイスミレが関東地方にも分布するという報告があったり、シハイスミレとマキノスミレが混生しているという報告があったりして、多少の混乱があるようです。
シハイスミレやマキノスミレは、落葉樹林(やアカマツ林)などの林床〜林縁のやや乾燥した場所を好みます。
この2種に似たヒナスミレは、湿性のある場所を好みます。側弁の内側に明瞭な毛がある(ただ、時に無毛)ことで、この2種とは区別できます。花も、シハイスミレよりもわずかに大きい。葉の幅もシハイスミレよりもわずかに広い。ただ、花の大きさや葉の幅は主観的なものなので、花の大きさや葉の幅での判断は結構難しい。

○シハイスミレと同様に、葉裏が紫色を帯びるスミレにゲンジスミレがありますが、自生は稀です。本州中北部、四国愛媛県に分布します。葉が円形(円心形)に近いので、シハイスミレとの区別は比較的容易です。
他にも、葉裏が紫色を帯びるスミレがあり、関東南部に自生するものにフモトスミレコミヤマスミレなどがあります。
フモトスミレは、しばしば丘陵地〜山地に自生し山のふもと(麓)に自生することからの命名であるとされますが、実際にはブナ帯付近(関東周辺では標高500mほどから)に見かけることが多い。花は小さく花弁は長さ8mmほどの白色で唇弁に紫状が入り側弁にも小さく紫条が入ります。葉も小さく長さ2〜3cmの卵状三角形で葉脈に沿って白っぽい斑が入ることが多い。そのような品種をフイリフモトスミレなどと呼ぶことがあるようです。
コミヤマスミレは、山地の沢筋など湿性のある場所に自生することが多く、全体に小型です。花は小型で白色です。唇弁が他の花弁よりも短く、花弁の長さはせいぜい1cmほどで、唇弁には紫条が入ります。葉も小さく、長さ3cm前後の卵状楕円形で、葉脈に沿って白っぽい斑が入ることが多い。
なお、名が似たミヤマスミレは別種で、花はやや大きく花弁は長さ15mmほどになり、淡紅紫色です。葉は小さく長さ2〜3cmほどで葉先が三角形状の卵型で、葉質が薄い。白っぽい斑は入らない。

○なお、分布域的には、葉がヒゴスミレのように細かく裂れ込むエイザンスミレが多摩丘陵にも分布する可能性がありますが、まだ確認できていません。多摩丘陵周辺の山地の林床で時に見かけます。花は淡紅色(時に白色)でやや大型で径2cmほどです。

○花が、ひと回り大型(花弁は長さ2cmほど)で花色が淡紅紫色〜紅紫色なことからよく目を引くアケボノスミレサクラスミレは、多摩丘陵には自生はなかったと思われます。周辺の山地などで時に見かけますが、南部の丹沢山地では稀なようです。
アケボノスミレの葉は、花期にはまだ展葉せず、最初は内巻きになっています。葉は展葉すれば、葉先が鋭三角形状の円心形で長さ4〜7cm。サクラスミレの葉は、長さ3〜6cmの長卵型です。

○黄色の花をつけるキスミレは、東海地方以西のごく限られた地域に点々と隔離分布します。他の黄色い花のスミレは、寒冷地、標高の高い場所や特定の地域にのみ自生します。比較的分布域が広いものに近畿地方以北の日本海側に自生するオオバキスミレがあり、その変種とされるフギレオオバキスミレ(北海道西部の山地)、エゾキスミレ(北海道日高山地)、ミヤマキスミレ(中部以北の亜高山〜高山)、ナエバキスミレ(苗場山・谷川岳)、ダイセンキスミレ(中国地方の大山・蒜山・道後山などの標高の高い場所)、シソバキスミレ(北海道夕張岳)、ジンヨウキスミレ(北海道大雪山)などが、それぞれ限られた地域・山岳地に分布します。
他には、中部以北・四国・屋久島の亜高山〜高山に自生するキバナノコマノツメ、中部以北の亜高山〜高山に分布するタカネスミレ、北海道知床半島の硫黄岳・羅臼岳に分布するシレトコスミレ(花芯が黄色で周辺は白色)があります。    
  
写真は「花」と「全体」の2枚を掲載
ニョイ(ツボ)スミレ
ニョイ(ツボ)スミレの花
ニョイ(ツボ)スミレ
ニョイ(ツボ)スミレの全体